聴を妾に貸してちょうだい。」
マツノスケはわざと豪快にわらってから、
「やあ、有がとう。今夜で千秋らくになると、わっちは関西でふたを開けやすが、あんたはどうなさる。」
すると彼女の眼が烱々《けいけい》とかがやいた。欲情的に声をふるわせてミサコが云う。
「それはね、マツノスケ。妾はね、あんたに離れてはいられぬし、かたがた大阪に急用があって今夜これから出発するわ。妾、待っていてよ。」
「お後をしたって。」と頭を掻《か》きながらマツノスケは苦笑して云った。奈落から拍子木がさえた音をたてた。
マツノスケに別れると、ミサコはそのまま楽屋口から冷たい街路に出た。
出発半時間前、中央ステイションのプラット・ホームには、ミサコの夫と彼女の女弟子たち、カリタ夫妻が彼女を見送りにきていた。後《おく》ればせに小肥りな女記者がかけつけてきた。
ミサコは、小さなワニ皮の旅行鞄に少時の憂愁をかくして、皮手袋を脱《と》ると見送りの人々と握手をかわした。やがてサイレンが鳴りやむと、夜の急行列車が都会のアーチの門をくぐるように動きだした。
列車が品川を過ぎると、彼女のかたわらに美男のアメリカ人がにこにこしな
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