の扉を繊奢《せんしゃ》な澱《よど》みもなく暴々《あらあら》しくノックした。
「カム・イン。」
 太い男の声が扉のすき間からもれると、太田ミサコは部屋につかつかと這入ると、彼女は盲目のように寝衣《パジャマ》の男を見つめた。
「やあ、部屋をまちがえた花嫁のようにてれているじゃないか。」と、巨大な男は彼女に青い尻をむけて云った。
 すると太田ミサコは、ソファに片脚あげて、ストッキングを結んだ華美な薔薇の花模様の結び目をゆるめると、
「いくら破廉恥《はれんち》でも淫売婦の逢《あ》い曳《びき》じゃないのよ。」
「これは失礼。だが、不眠症になるような取引を申しこまれたのはどこのマクロー様かね。」太田ミサコは鉤形《かぎがた》の鼻を鳴らして殺風景な部屋椅子に腰を下ろすと、埃のつんだ卓子《テーブル》に片ひじついて、
「ほほ、それではバル・セロナ生れの伊達《だて》ものには見えないわ。それともお前さんは妾《わたし》に弱味でもあると思っているの。」
 すると、奇怪な男がおどけて云った。
「ミサコ女史よ、巴里《パリー》ではミモザの花は一輪いくらしますか。」
「ムーラン・ルージュの恋物語でございますか。はい、一輪
前へ 次へ
全23ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング