女の夫がこたえた。
 ミサコの二枚の唇が白昼のテーターテイトのなかで溺《おぼ》れた。
「妾はナナコにたいして厳格な精神をもっているわ。でも妾は眼のまわるように忙しいのよ。妾があの土地を買収したのも、妾はこの土地にポール商会のビルデングを建てるつもりなのよ。それについて妾は二重にも、三重にも金策をしなくてはならない破目になっているのよ。あなた、分って。妾が流行界の女王になったらあなたどうするつもり? あんたやはりまえと同じように悠悠《ゆうゆう》としているの、妾それをかんがえるとなさけなくなるわ。妾のバッグにいま現金が一万円あるのよ。あなた、この金をこの月一杯で一万五千円にすることはできない。あなたがそんなに徐々《じょじょ》な人だから、妾は一刻だってじっとしていることはできないわ。妾をとりまく事業と、企画とナナコと、妾の善良な夫のために妾はどんなことでもしてのけるわ。」
 ミサコは歳入のたらない夫の沈黙からはなれると、階下に彼女をおとずれた人々に居留守をつかって裏口から銀座にあらわれた。

     7

 太田ミサコにとって市街は相場の高低表であった。しかし彼女にとってこの街は無意味なも
前へ 次へ
全23ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング