で見ながらミサコは右肩をかるくゆすった。生真面目《きまじめ》な顔をしたカリタが彼にむかって、
「お気の毒に存じます。しかし何分相手が女だものですから、あさはかにも欲しい一念から堅い口をききましたのでしょう。それでは抵当権はそのまま当方に引うけることに致しましょう。値違い八千円をもってお取引いたすことにしまして、私が代理人としてこれから登記所へまいります。」
ミサコは二人を送りだすと、暈《めまい》を感じたが、そのまま都会の火事の騒音のなかに巻きこまれてしまった。
ふたたび、都会がパノラマのように彼女の眼前に展《ひら》けてきた。それとともに彼女は夫の真剣な看護を意識した。
「おい、どうしたのだ。」
「妾、どのくらい寝ていて。」
「いまさっき、アタゴ山のサイレンが鳴ったよ。」
「すると正午だわね。」
「そうだよ、おまえどうかしていない。」
ミサコはいまさらのように善良な夫を見つめていたが、
「あなた、ナナコはまだ学校を引けないわね。」
「あのおてんばのことは、どうも、俺には分らないよ。」
「ねえ、あなた。妾はいいママだわねえ。」
「あの娘にとって、お前はいいママかも知れないよ。」と、彼
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