った闘牛士も目には映りませんでした。妾達はスペイン人の巻舌の中で、真赤な衣裳の影で、恋愛のために歓声をあげたのです。この時代が妾にとって最も楽しかった時代で、佐野に対する妾の愛着は南欧の情熱に反映して、ジプシー女のように燃えさかったのです。ああ、妾は佐野を愛していました。佐野も妾のために夢中だったのです。妾達はショコラ酒を飲んで、金盞花《きんせんか》の花と共に寝床に埋れました。
 それはスペインの十月の最後の金曜日でした。妾は佐野の腕に抱かれてラス・コルテス通のアラビア風の建物に、赤と黄の旗の飜《ひるがえ》る闘牛場に這入って行きました。場内は気が狂ったように男女が歓声をあげていました。佐野はアラゴン人の物売りから冷果を買って妾の乾いた唇を潤しながら云うのでした。
「|小さい花子《プチト・アナコ》。俺はお前を愛している。お前なしには生きて行かれない!」
 妾は彼の厚い唇に敏捷《びんしょう》に噛みつきながら、
「ジョージ、妾の愛の凡《すべ》てを投げ出しても惜しくない。恋の狢《むじな》になるまでは。」
 と、妾は号《さけ》ぶのでした。
 鐘がバルセロナの古い歴史を呼びさますようにえんえんと鳴
前へ 次へ
全31ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング