叫びながら狂気のように黄は彼女の後を追いかけたが、手擲弾《てなげだん》のようなマリの靴を向脛《むこうずね》に見まわれて跛《びっこ》をひきながら彼は街路に飛出した。野蛮………………マリを跳ねかえした。波打際の階上のマリの寝室であった。
暁《あけ》がたちかくふと私は眼覚めた。食べちらされたトーストと玉子の殻と、鼾《いびき》をかいて寝ている彼女の黄色い鼻がオレンヂ色に染められていた。カーテンの引かれなかった窓ガラスには、影絵のように狂暴な黄の顔がうつし出され、私の驚愕《きょうがく》に無関心なように黄の手にした挙銃の引金がマリの寝姿に向って引かれた。
私が窓をひらいたときには、階上から転落した黄の姿が小さな尾を海辺にひいていた。再び陽光が火薬のように部屋に這入ってきた。私は相かわらず鼾をかいて寝ているマリが、時々うるさそうに鼾をかくのをみた。するとそこに微《かす》かに弾丸の傷痕が見られた。
私は三面鏡の抽斗《ひきだし》から、煉白粉《ねりおしろい》をとりだすとマリの鼻を厚化粧してしまった。
お六が南京刈の男と再びサルーンにでてきた。私は彼女の濃厚な紫色の白粉の下に疲労した美しさを感じた。
前へ
次へ
全10ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング