ら、明治十五年にベイン(Bain)の Mental Science を抄訳して、これを『心理新説』と題して明治十五年に発行した。心理学の書としては西周のヘーヴン(Haven)の『心理学』についで、これが第二番目のものであった。それから明治十六年に、『西洋哲学講義』というのを刊行したのである。これは古代ギリシヤの哲学を講義したもので、だんだん継続して近世哲学に及ぶはずであったけれども、その翌年ドイツに留学することになったために、三冊で終った。ところがその後、有賀長雄が中世哲学を加えたので、五冊になったのである。西洋哲学に関する著書としては、これがわが国においては全く初めのものであった。
自分は東京大学においてドイツ哲学のほか夙《つと》に進化論と仏教哲学の影響を受けたのであるが、進化論者はとかく唯物的方面に傾向する。殊に加藤博士のごときは、よほど極端な唯物論者であった。自分も加藤博士と同じく進化論者ではあったけれど、どうしても唯物主義に走ることはできなかった。それはスペンサーの進化哲学を見ても、劈頭《へきとう》第一に不可知的を説いているということを考えて、スペンサーでさえもけっして徹底的
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