の反対側へ飛んだ女があった。そうして庭園はついに閉鎖された。
また数日たって某大学の構内を通ったら壮麗な図書館の屋上に立ってただ一人玄関前の噴水池を見おろしている人がある。学生であるか巡視であるか遠いのでよくわからなかったが、少し変な気持ちがした。その後さらに数日たって後、同じ大学の中央にそびえた講堂の三階から飛んだ学生があったという夕刊記事を読んで、また変な気持ちがした。この終わりの自殺者と、前の図書館屋上の人とはおそらくなんの関係もないかもしれないが、しかし自分の頭の中では前後四人の「屋上の人」がちゃんと一つの鎖でつながれている。
臆病者《おくびょうもの》の常として自分もしばしば高い所から飛びおりることを想像してみることがある。乾坤一擲《けんこんいってき》という言葉はこんな場合に使ってはいけないだろうが、自分にはそういう言葉が適切に思い出される。飛びおりてしまえば自分にはその建物もその所有者も、国土も宇宙も何もかも一ぺんに永久に無くなるのだから、飛ぶ場所の適否の問題も何もないであろうが、他の人にはやっぱり世界は残存しその建物と事件の記憶は残るであろう。
また数日たって後の雪の
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