鑢屑
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)自分の宅《うち》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十二年十月『週刊朝日』)
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一
ある忙しい男の話である。
朝は暗いうちに家を出て、夜は日が暮れてしまってから帰って来る。それで自分の宅《うち》の便所へはいるのはほとんど夜のうちにきまっている。
たまたま祭日などに昼間宅に居ることがある。そうして便所へはいろうとする時に、そこの開き戸を明ける前に、柱に取付けてある便所の電燈のスウィッチをひねる。
それが冬だと何事もないが、夏だと白日の下に電燈の点《とも》った便所の戸をあけて自分で驚くのである。
習慣が行為の目的を忘れさせるという事の一例になる。
二
雨上がりに錦町河岸《にしきちょうがし》を通った。電車線路のすぐ脇の泥濘《ぬかるみ》の上に、何かしら青い粉のようなものがこぼれている。よく見ると、たぶん、ついそこの荷揚場から揚げる時にこぼれたものだろう、一握りばかりの豌豆《えんどう》がこぼれている。そ
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