れが適当な湿度と温度に会って発芽しているのであった。
植物の発育は過去と現在の環境で決定される。しかし未来に対する考慮は何の影響ももたない。もしそれがあるのだったら、今にも人の下駄の歯に踏みにじられるようなこんな道路の上に、このような美しい緑の芽を出すはずはない。
三
○○町の停留場に新聞売りの子供が立っていた。学校帽をかぶって、汚れた袖無しを着ていたが、はいている靴を見ると、それはなかなか立派なものだった。踵《かかと》にゴムの着いた、編上げの恰好のいい美事なのであった。少なくも私の知っている知識階級の家庭の子供の七十プロセント以上はこれよりもずっと悪いか、あるいは古ぼけた靴をはいているような気がする。
四
馬が日射病にかかって倒れる、それを無理に引ずり起して頭と腹と尻尾《しっぽ》を麻縄で高く吊るし上げて、水を呑ませたり、背中から水をぶっかけたりしている。人が大勢たかってそれを見物している。こういう光景を何遍となく街頭で見かけた。
この場合において馬方《うまかた》は資本家であり、馬は労働者である。ただ人間の労働者とちがうのは、口が利け
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