》の先の鋏《はさみ》をはずして袋の両端から少しずつ虫を傷つけないように注意しながら切って行った。袋の繊維はなかなか強靱《きょうじん》であるので鈍い鋏の刃はしばしば切り損じて上すべりをした。やっと取り出した虫はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうに肥《ふと》っていて、大きな貪欲《どんよく》そうな口ばしは褐色《かっしょく》に光っていた。袋の暗やみから急に強烈な春の日光に照らされて虫のからだにどんな変化が起こっているか、それは人間には想像もつかないが、なんだか酔ってでもいるように、あるいはまだ長い眠りがさめきらないようにものうげに八対の足を動かしていた。芝生の上に置いてもとの古巣の空《あ》きがらを頭の所におっつけてやっても、もはやそれを忘れてしまったのか、はい込むだけの力がないのか、もうそれきりからだを動かさないでじっとしていた。
もう一つのを開いて見ると、それはからだの下半が干すばって舎利《しゃり》になっていた。蚕にあるような病菌がやはりこの虫の世界にも入り込んで自然の制裁を行なっているのかと想像された。しかし簔虫《みのむし》の恐ろしい敵はまだほかにあった。
たくさんの袋
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