を外からつまんで見ているうちに、中空で虫のお留守になっているのがかなり多くのパーセントを占めているのに気がついた。よく見ていると、そのようなのに限って袋の横腹に直径一ミリかそこらの小さい孔《あな》がある事を発見した。変だと思って鋏《はさみ》でその一つを切り破って行くうちに、袋の中から思いがけなく小さい蜘蛛《くも》が一匹飛び出して来てあわただしくどこかへ逃げ去った。ちらりと見ただけであるがそれは薄い紫色をしたかわいらしい小蜘蛛であった。
 この意外な空巣《あきす》の占有者を見た時に、私の頭に一つの恐ろしい考えが電光のようにひらめいた。それで急いで袋を縦に切り開いて見ると、はたして袋の底に滓《かす》のようになった簔虫の遺骸《いがい》の片々が残っていた。あの肥大な虫の汁気《しるけ》という汁気はことごとく吸い尽くされなめ尽くされて、ただ一つまみの灰殻《はいがら》のようなものしか残っていなかった。ただあの堅い褐色《かっしょく》の口ばしだけはそのままの形をとどめていた。それはなんだか兜《かぶと》の鉢《はち》のような格好にも見られた。灰色の壙穴《こうけつ》の底に朽ち残った戦衣のくずといったような気も
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