気を呼吸するのは衛生上有害ではないかという事を近頃ニューヨークで調査した。隧道内の空気中にはレールや機関の摩擦のために生ずる微細な鉄粉がかなりに浮游しているが、これは案外人体を害《そこな》わないそうである。むしろ坑内の温度の急変が健康に悪いだろうとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月一日『東京朝日新聞』)
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         三十二

      有益な鼠

 北米に産する地鼠の一種に尻尾《しっぽ》の短いのがある。この鼠は蝸牛《かたつむり》などを捕って食物とし、余った外は貯えておいて欲しい時に出して食い、殻は巣の内外に積んでおく。また作物を荒らす有害な野鼠や虫類なども捕って食うので農夫にとっては非常に有益なものだそうな。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月八日『東京朝日新聞』)
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         三十三

      世界第一の巨船

 現今世界で最大最速の汽船ルシタニア号は去る九月アイルランドのクイーンスタウンよりニューヨークまで二千七百八十二|浬《かいり》の航路を五昼夜と五十四分間に、すなわち一時間二十三浬〇一の速度で快走した。先年ドイチュランド号が二十三浬一五の速力を得たに比較して少々劣るようであるが、これは途中で霧に逢うたためだとの事である。今より二十三年の昔出来たアンプリア号という当時での巨船に比較すれば実に非常の進歩である。船の長さは五割も長くなり、トン数は三倍の余に達し、機関の馬力は五倍に届いたが、ただ速度のみはこの割に増す事が困難で二割五分くらいしか増していぬ。
 ルシタニアは首尾の長さ七百六十フィート、幅八十八フィート、高さが六十フィート余と云えばずいぶん大きなものである。排水トン数は三万八千トンで、一航海に要する石炭が五千トン。それから機関はタービン式で六万八千馬力出る。千五百トンの荷物と二千二百人ほどの乗客の外に船員の数が八百二十七名と称している。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月九日『東京朝日新聞』)
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         三十四

      北極探検気球隊の消息

 気球を利用して北極を探検せんと企てたウェルマン氏の一隊は志を遂げずして去る九月ノルウェーに帰ったそうである。始めフォーゲルベー島まで船で進み、そこで気球を浮べたが生憎《あいにく》吹雪の風が烈《はげ》しくてスピツバーゲンに吹き戻された。そこで止むを得ず瓦斯を抜き無事に地上に下りるを得た。残念ながら今年は失敗に終ったが、しかし今年の実験でこの気球が少々の風には逆らって疾走し得る事を確かめたから、更に来年の夏を待って再挙を計るはずだという。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十日『東京朝日新聞』)
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         三十五

      気球の競走

 先々月ベルギーの首府で開かれた万国の気球研究者の会で高価な盃を懸賞にして気球の競走をやらせた。この競走に加わった気球は三十四あったが、最長の距離に達して月桂冠を得たのはドイツの気球で丁度千キロメートルを航した。それに次ぐべき距離に達したのはスイスのと英国のとであったという。来年はロンドンでこの会を開くとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十一日『東京朝日新聞』)
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         三十六

      ドイツの製粉研究所

 ドイツ人がすべての工業の発達を計るためにその根本たる科学的の研究に注意する事は今に始めぬ事だが、今度また麺麭粉《パンこ》の研究所を新たに設立し既設の製糖並びに醸造研究所とともに三幅対を作るそうである。その設備のごときずいぶん大きなもので、例えばその倉庫には三十万貫に近い穀物を貯える事が出来る。動力には電気を用い、器械は最新式に依り十時間に四トンの粉を作る事が出来る。また麺麭製造部もあって大仕掛けの研究をやるようになっている。この設立に際して農務省は三十万円ほどの費用を支出し、なお年々保護を与えるはず、そしてドイツの製粉組合や製麭《せいほう》組合等の合同で維持して行くとの事である。貯蔵、製粉、製麭に関するあらゆる科学的並びに実用的の研究をする外、なお広く民間の需《もとめ》に応じて雑穀、粉、麺麭等の分析等をするそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十二日『東京朝日新聞』)
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         三十七

      ロシアの蟻

 露国のカザン大学は古来有名な科学者の出た処である。近頃ここのルスツキーという動物学者の著わした『ロシアの蟻』と題する書のごときも斯学《しがく》上有益なものだそうである。初編だけ刊行されたが八百頁の大冊である。著者の調べただけでも露国全体に産する蟻の種類が三千五百もあるとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十三日『東京朝日新聞』)
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         三十八

      世界で最大のダイアモンド

 近頃トランスバール政府ではその所有に属する世界最大の金剛石《ダイアモンド》を英国皇帝に献ずる事に決した。この宝石の発見されたのは一昨年の正月の事であった。プレトリアという所に近い採掘場で地下十八フィートの穴から見出された。その重量三千二十四カラット強で、従来世界第一と称せられていたものの三倍以上である。長径四インチ短径二インチくらい、色はやや蒼味を帯びているが非常に純粋なるものだそうな。この石の結晶の形から察する所、これはよほど巨大な金剛石の一半が欠損したものだろうという。これを採掘したプレミアー会社社長の名を取ってクリナンダイアモンドと命名されている。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十六日『東京朝日新聞』)
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         三十九

      赤茄子《トマト》の伝来

 洋食に用いるトマトの来歴を調べた人の説によると、この植物は十六世紀の中頃に南米ペルーからスペインあるいはポルトガルに渡りそれから欧洲に拡がったものである。しかしその頃は単に飾り物に使うだけの事で栽培もあまり盛んでなかったが、十九世紀になって後だんだん食用せらるるようになったそうである。[#地から1字上げ](明治四十年十一月十七日『東京朝日新聞』)
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         四十

      ノルウェーの夫婦匙《めおとさじ》

 ノルウェーで結婚式の時に用いる木彫の匙《さじ》がある。鎖で二つの匙をつないだようなものであるが、ただ一本の木で作るそうな。結婚の朝、新郎新婦はこの夫婦匙で睦まじく御馳走を食うという。

      リウマチスと蜂の毒

 蜂に刺されるとリウマチスが癒《なお》るという云い伝えが英国辺りで昔から行われているので、その真否を試すために材料を集めている人がある。我邦でもそういう例があるかどうだか御存じの方は教えて頂きたい。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十九日『東京朝日新聞』)
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         四十一

      一種の迷信

 英国デボンシャイアのある町に百二十年来営業を続けている牛肉屋があるが、開店の昔から今日まで店に屋号というものがない。この店の先祖がどういう訳だか店の名を付けなかったが、商売は非常に繁昌し子孫代々名無しの牛屋で通っている。名を付けると先代以来の幸運に障るというような迷信から子も孫も屋号を付けなかったためだそうな。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月二十日『東京朝日新聞』)
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         四十二

      ラジウムの新産地

 従来ラジウムの産地と云えばほとんどボヘミアに限られていたが、この頃アルプス山で有名なシンプロン隧道《トンネル》附近にかなり多量のラジウムがあるという事がわかったそうな。同隧道の奥の方の地温が著しく高いのはラジウムが発する熱のためではないかという説がある。

      水の清浄法

 近頃汚水から清水《せいすい》を得るのに電気分解を用いる法が出来た。汚水中にアルミニウムの電極を入れて電流を通ずれば、過酸化アルミニウムを生じ、これが種々の汚物に結合して固まってしまう。これを一遍|漉《こ》せば非常に清浄な水が得られるそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月二十一日『東京朝日新聞』)
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         四十三

      長距離の急行列車

 去る九月十六日、北米の大西鉄道では二百六十三マイルの間を一度も停車せずに走る別仕立の三等客車を出したが、平均一時間に五十三マイルの速度で首尾よく目的地に達した。こんな長距離の急行はあまり例のない事である。

      海底のランプ

 近頃米国のデイオンという人が専売特許を得た海底灯というのは、港などの水底に強烈な電灯を点じて、闇の夜や霧のある時入港を容易ならしむる仕掛けであるそうな。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月二十五日『東京朝日新聞』)
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         四十四

      象を馴らす事

 アフリカのコンゴーでは象の馴致《じゅんち》を盛んにやる。近頃同地へ視察に行った人の通信によれば、目下馴らしている象が二十五頭でそのうち十九頭には種々の作業をさせている。雨期が来ると皆解放して森林の棲家へ帰してやるが、また飼養所へ帰って来る。その際往々森の中から野象を連れて来る事があるが、大抵もう年を取り過ぎていて馴らしにくいものが多いそうな。アフリカの象は一体背が低く、コンゴーで馴らしているのは肩の高さ四フィート四インチくらいから五フィート七インチくらいなものだという。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月二十六日『東京朝日新聞』)
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         四十五

      眼の濫用

 近頃スコットという人が読書の眼に及ぼす害について某雑誌に述べている。その中に次のような事を云っている。「元来人類の眼はかなり遠距離の物体を見るように進化して出来ているものであるが、近年のように書籍や新聞雑誌などが無闇に沢山になっては一通りでも眼を通すのはなかなか大抵の事でない。それで眼というものの天然の役目の外に、新しいしかも不馴れな役目が増したから早晩どうしても何等かの害を生ずるようになる。」少年などにはあまり必要もない読書をさせぬようにせねばなるまいという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月二十七日『東京朝日新聞』)
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         四十六

      大洋中の拾い物

 本月十四日の本紙に横浜の人が北太平洋で鮫漁中に英文の手紙の入った空瓶を拾うた記事が出ていたが、近着の科学雑誌を見ると次のような事が載せてある。「ウードジョーンスという人が一昨年の暮にインド洋から空瓶を数個海中に投じ、その中に手紙を封入して誰でもこれを拾うた人はその場所と時日を通知するように依頼してあった。ところが昨年の五月にアフリカのソマリの海岸でその中の一本を拾い上げ、また今年の七月同じ処で他の一本を拾い上げた。それでインド洋の真中から西の方へ向うた不断の潮流がある事が知れる、云々」。北太平洋のもあるいはこの仲間でないとも限らぬから罎《びん》の写真でも撮って知らしてやったらよかろうと思う。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月二十八日『東京朝日新聞』)
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         四十七

      英国の軍用軽気球

 先月初、ロンドン附近で軍用軽気球の試乗があった。アルダーショットからロンドンまで一時間二十四マイルの速度で飛行し、聖《セント》ポールの寺院を一まわりして今度は風に逆らって進んだが、あまり風が強かったから水晶宮の辺で地上に下った。飛行した全距離五十マイル、地面より平均七百五十フィートの高さを航したそうである。

      狂人の眼と髪

 これはスコットランドの話で我邦には応用し難いかも知れぬが、同地の瘋癲《ふうてん》病院で調査した処によれば、統計上狂者には普通の人よりも眼の色が薄く髪の色
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