話である。その石炭なるものは太古の植物から生じたものだという事を考えるとなおさら面白い。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十五日『東京朝日新聞』)
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         二十

      ボートレースに無線電話

 今年の七月、北米の大湖エリーの水上で端艇競漕《ボートレース》のあった時、その時々刻々の景況を陸上に報ずるためテルマと名づくる小蒸気船に無線電話機を載せて現場に臨ませた。これがおそらく無線電話の実用された最初の例であろう。その成績は予想外に良かった。話し声を聞いて相手が誰だかという事さえ知れたそうである。船は十八トンでアンテナを張った帆柱が低かったにもかかわらず四マイルの距離で通話自在であったという。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十六日『東京朝日新聞』)
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         二十一

      日本の舞い鼠

 子供の楽しみに飼うはつか鼠にちょっと歩いてはクルクルまわりまた歩いては舞ういわゆる舞い鼠というのがある。あの舞うのは何故かと調べてみると、内耳の一部をなしている三半規管の構造が不完全なため、始終に眩惑《めまい》を起すからだという事である。そう聞けば可哀相で飼うのは厭になる。人間でも内耳の病患で三半規管に故障が起るとグラグラして直立歩行が出来なくなる。鼓膜の破れた人が耳を洗う時|眩暈《めまい》を感じたり、また健全な者でも少時間グルグル舞うた後には平均を失うて倒れたりするのは皆この三半規管を刺戟するためだという。船に酔うのもやはり同様な原因に帰する事が出来る。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十七日『東京朝日新聞』)
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         二十二

      護謨《ゴム》の新原料

 近頃|葡国《ポルトガル》領西部アフリカで発見された一種の植物の球根は丁度|蕪菁《かぶら》のような格好をしているが、その液汁中には護謨を含み、これを圧搾して酒精《アルコール》で凝《かたま》らせると二分の一プロセントくらいのゴムが取れる。栽培後二年たてば一エーカーの地面につき百八十斤くらいの収穫がある見込みだという。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十九日『東京朝日新聞』)
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         二十三

      章魚《たこ》と烏賊《いか》との研究

 (一)章魚の生殖作用
 今年の英国科学会《ブリティッシュアソシエーション》の総会でホイルという動物学者が講演した章魚や烏賊の類に関する研究の結果中で吾々|素人《しろうと》にも面白く思われる二、三の事実を夜長の話柄《わへい》にもと受け売りをしてみよう。
 俗に章魚船と名づけられ、水面に浮んで風のまにまに帆かけて走る章魚の一種がある。その雌の体内で外套膜腔《がいとうまくこう》の中に奇妙な細長い虫のようなものが見出された事があるので、昔は一種の寄生虫だろうと考えられていた。ところがだんだん研究してみると、驚くべし、これは生殖作用を遂げるため、雄の足の一部が子種を運ぶために脱離し、雌の体内に侵入したものだという事がわかった。それ以来次第に研究を進めてみると、章魚船には限らず一般に頭足類の動物中にはこの種の生殖法が特有なものだという事が知れて来た。尤も種類によっては雄の足を脱離しなくってその代り雄は六本の足で相手を押さえ二本の足を外套膜の中に挿し込む、その時雌は呼吸を止められるから必死になって逃げ出そうと藻掻《もが》くそうである。けだし一奇観であろうと想像される。足の脱離する方の種類では、雄が自身に落ちた足を持って行くか、あるいはまた足が自働的に動いて行くか、そこまではまだ研究が届かぬそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十日『東京朝日新聞』)

 (二)光を放つ烏賊
 次に面白いのは海底で光を放つ烏賊の話である。一体頭足類の動物中で多少の光を放つものが三十種以上もある。中にも非常に深海底から発見されたソーマトランパスと名づけるもののごときは、その光彩の美実に宝石をはめたようだという。例えば眼の辺には紺青色と真珠色の光を放ち、腹部にはルビー色、雪白色および空色の光斑を具えている。こういう怪物が真暗な深海の底を照らして游泳する処もまた一奇観であろうと思われる。そこでこの種の動物の発光器はどんな仕掛けで出来ているものだろうと色々研究した結果、二種の区別が知れた。すなわち一種のものでは光を放つ液体を分泌する腺を備え、他の種類では動物の組織の一部が発光するのだそうである。後者に属する発光器にはこれに附属したレンズや反射鏡のごときものを備えた極めて精巧なものもあるという話で、また発光器の中には体の内腔にあって透明な肉を通して光を放つものもあるそうである。前に述べたソーマトランパスなどでは総計二十二個の発光器を分類するとおよそ十種類のおのおの異《かわ》った仕掛けで出来ているそうな。そしてこれらの発光器は大抵みな腹の方ばかりにあるので、深海の底を照らしながら食餌《えさ》を捜し歩くには都合のよい探海灯の用をするのだろうと思われる。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十一日『東京朝日新聞』)

 (三)熱の無い光線
 如何なる作用で光を発するかという事はまだよく分らぬ。しかし一つ注意すべき事は、この種の発光器は大抵光線を出すばかりで熱を出さぬ。これに反して人工的の光ではいつも熱が伴うて起る。六かしく云えば機械力なり電気なりまた化学作用なり如何なる方法によるも熱くない光を作る事は出来ぬ。つまり使ったエネルギーの一部は必ず熱に変じて消費される、すなわちそれだけ余計な勢力を損している。しかるに造物者の手製の深海のランプはかくのごとく理想的に経済的にしかも美術的に出来ているのである。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十二日『東京朝日新聞』)
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         二十四

      水雷破壊器の発明

 今度米国政府のためにアンリ・スタンフィーバンという仏国人が敷設水雷《ふせつすいらい》を破壊する器械を発明し、実地の試験をしたが好結果を得たという。しかしその器械の構造は勿論一切を極秘密《ごくひみつ》にしているから分らぬが、とにかく磁力を利用したもので、これを載せた船の向かう処一定の距離にある沈設水雷をことごとく爆発して無効にするそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十五日『東京朝日新聞』)
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         二十五

      火星の近状

 今年の夏、火星が我が地球に最も接近した位地に来ていた頃、米国のロウエル天文台ではこの好機会を利用して種々の観測をした。その結果この星の表面を縦横に走っている運河のようなものが南北両極の氷塊の消長につれて隠見する有様が仔細に知れた。その模様を見ると火星の上にはどうしても智能を備えた人類のごときものが棲息していると考えざるを得ないと該天文台長のロウエル氏は断言している。また同台からは一隊の学者をアンデス山頂に派遣して火星の写真を撮らせたそうであるから、定めて有益な知識を斯学《しがく》の上に齎《もたら》す事であろう。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十六日『東京朝日新聞』)
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         二十六

      風向《ふうこう》と漁業

 英国南西部の海岸で年々にとれる魚の総数を漁夫の数に割り当てて統計してみると、漁夫一人の漁《りょう》する数が年によって著しくちがう。その原因を詳しく調査してみると、これは全くその年々の平均の風向によるものだという事が知れた。すなわち風が多く沖の方へ吹く年は海岸の潮流も陸を遠く距《はな》れ、魚類の卵は逃げてしまうのでその後は不漁がつづく。これに反して風が潮流を陸近くへ吹き送れば自然に漁が増すのだそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十七日『東京朝日新聞』)
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         二十七

      蟻《あり》の知覚

 蟻が温度の変化に対してどれだけの感覚力をもっているかという事を調べた人の説によると、大抵の蟻は摂氏の〇・五度くらいなわずかな変化でも識別するそうである。また人間の眼には見えぬ紫外光線でもよく感じ、この光を当てると嫌って逃げると云っている。

      恐水病の予防

 昨年中パリのパストゥール免疫所で狂犬に噛まれた人のために恐水病予防の注射を行うた件数が七百七十三、その中で不幸にして該病のために死んだのはわずかに二人しかない。すなわち恐水病というものはほとんど全く予防する事が出来ると云ってもよい。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十八日『東京朝日新聞』)
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         二十八

      癌腫《がんしゅ》の研究

 英国では帝室の保護の下に癌の研究のみをやっている所がある。その基本金の現額は十一万八千余ポンドで、そのうち四万ポンドは某富豪が金婚式の際に寄附したそうである。ここの所長のパシュフォード博士が近頃報告したところに拠れば、癌の療法と称するものは色々あるが、いずれもあまり確実な効験はない。評判のあったトリプシンもあまりきかぬ。今日のところやはり外科手術で患部を取り去る外はあるまいという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二十九日『東京朝日新聞』)
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         二十九

      海水用セメント

 普通のセメントは長く海水中に在れば次第に分解して崩れるので、これを防ぐ方法はないかと色々研究した人の説によれば、少量でも礬土《アルミナ》を含んだセメントはこの分解が急に起りにくい。また火山灰を原料に用うればよほどよく海水に耐えるという事である。

      銅鉱の電気分解

 墺国《オーストリア》の某鉱山では近来銅鉱から純銅を採るのに電気分解法を用いているそうだ。そのやり方はというと、先ず鉱石を粉砕し、湿った粘土と混じて焼けば硫酸銅と酸化銅が出来る。これをまた砕いて五プロセントの稀硫酸液に入れ大きな桶で電気分解をやる。陽極には大袋に亜鉛を入れたものを用い、陰極には銅板を用い、二・五ボルトの電圧で千アンペアの電流を通すと陰極の方へは純銅がだんだんに附着し、陽極には硫酸と酸素が出て来る。一時間に一キログラムの銅を得るためには約三馬力に当る電力を要する勘定になっているそうだ。この法で得た銅は非常に純良である事は勿論である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月三十日『東京朝日新聞』)
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         三十

      水底信号機

 霧の深い海上を航海する時には、往々海岸や他船の近づいた事を知らずにいて坐礁や衝突の災を招く事がある。これを防ぐためこの頃行われ始めた方法は、海岸ならばそこに繋留した灯台船の底に鳴鐘《ベル》を附け、不断《ふだん》これを鳴らしている。船の方では船底に仕掛けた微音機《マイクロフォン》でこの音を聞くという細工である。目下大西洋並びに沿岸航路でこれを使用している灯台船が五十六艘、汽船が二百十艘ある。英皇およびドイツ皇帝の遊船《ヨット》にもこの装置を備えてあるそうだ。
[#地から1字上げ](明治四十年十月三十一日『東京朝日新聞』)
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         三十一

      世界一の高圧電流

 米国ミシガンのマスケゴン電力会社で昨年来使用している高圧電流は七万二千ボルトの高圧でけだし世界第一と称せられている。その電線の経路九十二マイルの間は近辺の樹林を切り開き、また人の近づかぬように不断|巡邏《じゅんら》している。何しろ非常な高圧であるから漏電を防ぐ絶縁器には特別のものを用いているが、それでも多少の放電が止みなくある故、柱の一部がだんだん焦げて来るそうである。一度落雷のために絶縁器がこわれた時などは、電柱は強い電流のために即座に焼けてしまった。この電線に障害を与えた者は一年間の禁錮に処せらるるという事である。

      地下電車鉄道の衛生問題

 地下鉄道で長い間|隧道《トンネル》内の空
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