の後ただ結核病の診断にのみ用いられていた。すなわち結核の疑いある患者にこれを注射すると、もしそうであれば発熱などの反応を起すからわかるというのであった。しかるに今度仏国のカルメットという人の発表した所に拠ると、酒精《アルコール》で沈澱させたツベルクリンの一プロセント溶液を眼に点ずると、健康体ならば何の異状も起らぬが、少しでも結核のあるものならば、二十四時間内に充血して紅くなるという事である。千人近くの患者について試験をしてこの事を確かめたが、ある場合殊に小児などでは、他の方法でどうしても知れなかった結核の存在をこの法で見付けたと称している。
[#地から1字上げ](明治四十年九月二十六日『東京朝日新聞』)
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         七

      アフリカの杜鵑《ほととぎす》

 アフリカに、杜鵑の一種で俗名を「蜂蜜の案内者」と称する鳥が居る。蜜蜂の巣の所在を人に知らせるからこういう名が付いているのだそうな。しかるに近頃ある動物学者が調べた処によれば、この鳥は普通の杜鵑のように、他の鳥の巣へ自分の卵を産んで孵化させるのみならず、一層性の悪い事をする。すなわち巣の中にある他鳥の卵、云わば我子の乳兄弟を嘴《くちばし》で突き破って殺してしまうそうである。それが万一|僥倖《ぎょうこう》に助かって孵化しても、親に似て性の悪い杜鵑の雛鳥に鋭い嘴で啄《つつ》き出されてしまうという。

      家の貧富と子供の体格

 近頃スコットランドの文部省でグラスゴー府の小学児童の体格検査をした結果を発表した。この報告によれば親が貧しくてただ一室だけに住まっているものは、体量も身長も最劣等であるが、二室持っている者の子はこれよりは少し良く、三室、四室と増すに従ってだんだん良くなる。例えば男児だけについて見ても、二室のものの子は四室の者の子に比べて平均十一ボンド七分軽く、四・七インチ丈が低い。女の児の方はこれよりも一層この差が大きいようである。つまり貧家の子供は自然に栄養その他の欠乏から体格が悪くなるのだろう。
[#地から1字上げ](明治四十年九月二十八日『東京朝日新聞』)
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         八

      煙の中で呼吸する器械 

 仏国のチソーという人が、煙や硫気その他の毒瓦斯《どくガス》の中で仕事をする人のために呼吸器を作って発表した。背嚢《はいのう》のような箱から管が二本出て口と鼻とに連絡し、巧みに弁の作用で、一方から新しい空気を送り、他方に呼気《いき》を出すようになっている。いったん吸うて出した汚れた空気は、背嚢に帰って苛性加里《かせいカリ》で清浄にされ、再び用いられる。なお不足な空気は箱の一部に圧搾した酸素が必要に応じて少しずつ補われる仕掛けになっている。この器を用うれば五時間くらい毒瓦斯の中で働いても差支えがないという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年九月二十九日『東京朝日新聞』)
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         九

      心臓の鼓動

 犢《こうし》から取った血清を水に浸しておくとその中の塩分がだんだんに脱けて来る。遂に〇・六プロセントくらいになったのを蛙あるいは亀の心臓に注入すると、その心臓の鼓動が全く止まって一時間くらいは動かないでいる。この鼓動の休止中何か他から刺戟を与えると、一回あるいは数回強く鼓動してまた静止する。これらの試験の結果から考えると心臓の鼓動するのは塩のごとき化学的の刺戟物が心臓の神経に作用するためで、この種の刺戟がなければ自ずから鼓動する事は出来ぬだろうという。これはある学者の新説である。
[#地から1字上げ](明治四十年九月三十日『東京朝日新聞』)
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         十

      新奇な風見鴉《かざみがらす》

 これは倶楽部《クラブ》あるいは宿屋の室内に粧飾用を兼ねて据え置き、時々刻々の風の方向を知らせる器械である。一見置時計のような形をしているが、その前面の円盤には羅針盤と同じように方角を誌《しる》し、その周囲には小さい豆電灯が一列に輪をなして並んでいる。もし北風ならば盤の北と誌した針のさきのランプが光っている。南ならば南、西北なら西北といつでも風向に応じて盤の豆ランプが点《とも》るのである。内部の仕掛けは簡単なものでただ屋根の上に備えた風見鴉から針金を引き電池一個を接続すればよい。店先きに備え付けて人寄せの広告などに使ったら妙だろう。
[#地から1字上げ](明治四十年十月一日『東京朝日新聞』)
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         十一

      磁力起重機

 強い電磁石を使って重い鉄片などを吸い付けて吊し上げ、汽車や汽船の荷上げや荷積みをする器械が近来|処々《しょしょ》で用いられる。今度米国の某鉄道会社で試験した結果によれば、人夫が六人掛かりで半日にやっとする仕事を、この器械でやれば四人でわずか一時間に片付けてしまうそうである。

      米国の電話

 北米合衆国の電話に関する最近の統計を見ると、国柄だけに盛んな勢いを示している。千九百〇三年におけると三年後の千九百〇六年すなわち昨年の暮におけると、電話機の数も電線の延長もザット倍になっている。すなわち個数の三百八十万弱が七百十万余になり、電線の三百万マイル足らずが六百万余になっている。加入者の数は全人口に割り当てると二十八人に一人となる。一日中の通話の回数が驚くなかれ千六百九十四万とある。
[#地から1字上げ](明治四十年十月二日『東京朝日新聞』)
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         十二

      風車《かざぐるま》の利用

 風の力の大きい事は云うまでもない。この力を原動力に利用して各種の作業をすれば利益があるだろうという事はよく人の考える事だが、ただ一つ困る事は、風は至って気まぐれ者で、思う時に思うように吹いてくれぬので、始終きまった馬力を要する器械にはちょっと使いにくい。しかしこれには蓄電池という都合のよいものがあって、風の力を電気の力に変じて蓄え、必要に応じて勝手に使う事が出来るのである。現に英国バーミンガムでは十一年前から風車で電灯を点じている人がある。その風車は直径三十五フィートでこれを五十フィートの櫓の上に据え付け、十六燭の電灯二百個を点ずる外に、なお五馬力のモートル三個を運転しているが、未だかつて停電などを起さぬという事である。石炭や水力を得難い土地では風車を用いた方が石油機関よりは利益だという。
[#地から1字上げ](明治四十年十月三日『東京朝日新聞』)
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         十三

      霧中の汽車信号

 鉄道線路の傍に巨人のごとく直立しあるいは片手あるいは両手を拡げて線路の安否を知らせる普通の信号標は、通常の天気ならば昼夜の別なく有効であるが、ただ霧が掛かって数歩の外は見え分かぬような日には何の役にも立たぬ。この不便と危険を防ぐため、近頃米国大西鉄道で採用する発音信号機というのは簡単な仕掛けであるが数ケ月間の試験によって有効な事が確かめられた。危険の時には汽笛、安全の場合には鐘を鳴らす事になっている。
[#地から1字上げ](明治四十年十月四日『東京朝日新聞』)
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         十四

      馬鈴薯《じゃがいも》の皮を剥《む》く器械

 大樽に一杯の馬鈴薯の皮をわずかに数分間で綺麗に剥いてしまうという器械が近頃米国で発明された。器械の桶の中に馬鈴薯を詰め込んで半馬力のモートルを運転させると、見る間に外皮は剥け落ち清浄に洗われて直ちに料理の出来るようになる。米国の海軍ではこの器械を四十台使っているが、水夫二、三人掛りで十五分間も運転させると一日の食糧くらいは楽に出来るという事である。馬鈴薯のみならず蕪《かぶ》や人参《にんじん》にも応用が出来るそうだから、我邦でも軍隊の炊事などに使えば便利かと思われる。如何にも米国人の拵《こしら》えそうな器械である。記者がこの器械の事を近着の科学雑誌で読んだ後、場末の町を散歩していたら、とある米屋の店先で小僧がズックの袋に豆かなにか入れたのを一生懸命汗を垂らして振っていた。ずいぶんな対照《コントラスト》だとその時にちょっとおかしかった。
[#地から1字上げ](明治四十年十月八日『東京朝日新聞』)
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         十五

      奇妙な病気

 始終X光線を使っている人は往々不思議な恐ろしい病気に罹《かか》るそうである。この病のために死んだ人は米国だけで既に四人ある。第一に斃《たお》れたのが有名なエジソンの助手某。次にはボストンの医師某。第三がサンフランシスコの一婦人。第四に近頃やられたのはロチェスターの外科医ウィーゲル博士だという。この人は始めにその右手と左の指三本を切断したがなお駄目で、次には右肩より胸にかけて肉を取り去ったが、それでも遂に無効であったという。この恐ろしい病気は原因も全く分らず治療の方法も知れぬとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月九日『東京朝日新聞』)
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         十六

      脳髄の保存法

 解剖学や人類学の参考品として脳を保存する方法を詳しく研究した学者の説に従えば、普通大の脳を漬けておく液にはフォルマリンを三、蒸餾水を四五ないし二五、酒精《アルコール》を五二ないし七五の割合に交ぜたものた宜《よ》い、そして脳の大きいほど水を少なく酒精の方を割合に多くするがよいという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十一日『東京朝日新聞』)
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         十七

      船内の消毒

 船中で鼠を駆《か》り、また消毒をするために亜硫酸瓦斯を用うる事があるが、その効験に関する詳細な調査の結果に拠れば、鼠や害虫の類はわずかに〇・五プロセントの亜硫酸を含む空気で二時間も燻《いぶ》せば絶滅する事が出来る。しかし積荷の奥底まで行き渡らせるためには約三プロセントくらいにしなければならぬ、これならば大抵の病菌も死ぬるという事である。織物類、金属器具等はこの瓦斯には害せられぬが、硫黄を燃やして亜硫酸を発生せしめる際硫酸の瓦斯も伴って出るからこれが少々損害を及ぼす。肉類、果物、蔬菜の類もまた多少の損害を免れぬという。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十三日『東京朝日新聞』)
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         十八

      優しい返答

 シカゴ市のある青年紳士が一日電話をかけようとしたが、どういう都合であったか接続が大変手間が取れるので紳士は癇癪《かんしゃく》を起して交換手を怒鳴りつけた。その相手の交換手はイリノイ州出の女であったが、非常に優しい声で可憐な返答をしたその声が妙に紳士の心を動かし、それが縁となってとうとう目出度く結婚する事となった。これは嘘のような話だが事実である。

      長さ一マイルの手紙

 米国のある水兵が電信用の紐紙《ひもがみ》に細々《こまごま》と書いた手紙をその友に送った。その長さ一マイル余でこれを書き上げるのに二週間かかったという。おそらく開闢《かいびゃく》以来の長い手紙であろう。こんな手紙を貰うた人こそ災難だったろう。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十四日『東京朝日新聞』)
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         十九

      植物の生長

 ロンドンの王立植物園で植物の生長に有効あるいは必要な諸種の条件について調査した結果の報告書によれば、第一に強烈な弧灯《アークとう》より出ずる紫外光線、第二には根より幹に不断に通う電気、第三には華氏七十ないし八十度において適当の湿度と炭酸瓦斯の供給、第四には理想的の窒素肥料、第五には根に充分なる水の供給、この五つの条件が揃えば植物は理想的に成長するとの事である。そして面白い事にはこれらの条件はただ石炭さえあればほとんどすべて充たされる。すなわち石炭を燃やして発電機も動かされる。熱も炭酸も湿気も出来る。窒素肥料の硫酸アンモニアもまた石炭から採ることが出来るという
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