てスピツバーゲンに吹き戻された。そこで止むを得ず瓦斯を抜き無事に地上に下りるを得た。残念ながら今年は失敗に終ったが、しかし今年の実験でこの気球が少々の風には逆らって疾走し得る事を確かめたから、更に来年の夏を待って再挙を計るはずだという。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十日『東京朝日新聞』)
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         三十五

      気球の競走

 先々月ベルギーの首府で開かれた万国の気球研究者の会で高価な盃を懸賞にして気球の競走をやらせた。この競走に加わった気球は三十四あったが、最長の距離に達して月桂冠を得たのはドイツの気球で丁度千キロメートルを航した。それに次ぐべき距離に達したのはスイスのと英国のとであったという。来年はロンドンでこの会を開くとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十一日『東京朝日新聞』)
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         三十六

      ドイツの製粉研究所

 ドイツ人がすべての工業の発達を計るためにその根本たる科学的の研究に注意する事は今に始めぬ事だが、今度また麺麭粉《パンこ》の研究所を新たに設立し既設の製糖並びに醸造研究所とともに三幅対を作るそうである。その設備のごときずいぶん大きなもので、例えばその倉庫には三十万貫に近い穀物を貯える事が出来る。動力には電気を用い、器械は最新式に依り十時間に四トンの粉を作る事が出来る。また麺麭製造部もあって大仕掛けの研究をやるようになっている。この設立に際して農務省は三十万円ほどの費用を支出し、なお年々保護を与えるはず、そしてドイツの製粉組合や製麭《せいほう》組合等の合同で維持して行くとの事である。貯蔵、製粉、製麭に関するあらゆる科学的並びに実用的の研究をする外、なお広く民間の需《もとめ》に応じて雑穀、粉、麺麭等の分析等をするそうである。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十二日『東京朝日新聞』)
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         三十七

      ロシアの蟻

 露国のカザン大学は古来有名な科学者の出た処である。近頃ここのルスツキーという動物学者の著わした『ロシアの蟻』と題する書のごときも斯学《しがく》上有益なものだそうである。初編だけ刊行されたが八百頁の大冊である。著者の調べただけでも露国全体に産する蟻の種類が三千五百もあるとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十三日『東京朝日新聞』)
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         三十八

      世界で最大のダイアモンド

 近頃トランスバール政府ではその所有に属する世界最大の金剛石《ダイアモンド》を英国皇帝に献ずる事に決した。この宝石の発見されたのは一昨年の正月の事であった。プレトリアという所に近い採掘場で地下十八フィートの穴から見出された。その重量三千二十四カラット強で、従来世界第一と称せられていたものの三倍以上である。長径四インチ短径二インチくらい、色はやや蒼味を帯びているが非常に純粋なるものだそうな。この石の結晶の形から察する所、これはよほど巨大な金剛石の一半が欠損したものだろうという。これを採掘したプレミアー会社社長の名を取ってクリナンダイアモンドと命名されている。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十六日『東京朝日新聞』)
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         三十九

      赤茄子《トマト》の伝来

 洋食に用いるトマトの来歴を調べた人の説によると、この植物は十六世紀の中頃に南米ペルーからスペインあるいはポルトガルに渡りそれから欧洲に拡がったものである。しかしその頃は単に飾り物に使うだけの事で栽培もあまり盛んでなかったが、十九世紀になって後だんだん食用せらるるようになったそうである。[#地から1字上げ](明治四十年十一月十七日『東京朝日新聞』)
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         四十

      ノルウェーの夫婦匙《めおとさじ》

 ノルウェーで結婚式の時に用いる木彫の匙《さじ》がある。鎖で二つの匙をつないだようなものであるが、ただ一本の木で作るそうな。結婚の朝、新郎新婦はこの夫婦匙で睦まじく御馳走を食うという。

      リウマチスと蜂の毒

 蜂に刺されるとリウマチスが癒《なお》るという云い伝えが英国辺りで昔から行われているので、その真否を試すために材料を集めている人がある。我邦でもそういう例があるかどうだか御存じの方は教えて頂きたい。
[#地から1字上げ](明治四十年十一月十九日『東京朝日新聞』)
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         四十一

      一種の迷信

 英国デボンシャイアのある町に百二十年来営業を続けている牛肉屋があるが、開店の昔から今日まで店に屋号というものがない。この店の先祖がどういう訳だか
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