十四
馬鈴薯《じゃがいも》の皮を剥《む》く器械
大樽に一杯の馬鈴薯の皮をわずかに数分間で綺麗に剥いてしまうという器械が近頃米国で発明された。器械の桶の中に馬鈴薯を詰め込んで半馬力のモートルを運転させると、見る間に外皮は剥け落ち清浄に洗われて直ちに料理の出来るようになる。米国の海軍ではこの器械を四十台使っているが、水夫二、三人掛りで十五分間も運転させると一日の食糧くらいは楽に出来るという事である。馬鈴薯のみならず蕪《かぶ》や人参《にんじん》にも応用が出来るそうだから、我邦でも軍隊の炊事などに使えば便利かと思われる。如何にも米国人の拵《こしら》えそうな器械である。記者がこの器械の事を近着の科学雑誌で読んだ後、場末の町を散歩していたら、とある米屋の店先で小僧がズックの袋に豆かなにか入れたのを一生懸命汗を垂らして振っていた。ずいぶんな対照《コントラスト》だとその時にちょっとおかしかった。
[#地から1字上げ](明治四十年十月八日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
十五
奇妙な病気
始終X光線を使っている人は往々不思議な恐ろしい病気に罹《かか》るそうである。この病のために死んだ人は米国だけで既に四人ある。第一に斃《たお》れたのが有名なエジソンの助手某。次にはボストンの医師某。第三がサンフランシスコの一婦人。第四に近頃やられたのはロチェスターの外科医ウィーゲル博士だという。この人は始めにその右手と左の指三本を切断したがなお駄目で、次には右肩より胸にかけて肉を取り去ったが、それでも遂に無効であったという。この恐ろしい病気は原因も全く分らず治療の方法も知れぬとの事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月九日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
十六
脳髄の保存法
解剖学や人類学の参考品として脳を保存する方法を詳しく研究した学者の説に従えば、普通大の脳を漬けておく液にはフォルマリンを三、蒸餾水を四五ないし二五、酒精《アルコール》を五二ないし七五の割合に交ぜたものた宜《よ》い、そして脳の大きいほど水を少なく酒精の方を割合に多くするがよいという事である。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十一日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
十七
船内の消毒
船中で鼠を駆《か》り、また消毒をするために亜硫酸瓦斯を用うる事があるが、その効験に関する詳細な調査の結果に拠れば、鼠や害虫の類はわずかに〇・五プロセントの亜硫酸を含む空気で二時間も燻《いぶ》せば絶滅する事が出来る。しかし積荷の奥底まで行き渡らせるためには約三プロセントくらいにしなければならぬ、これならば大抵の病菌も死ぬるという事である。織物類、金属器具等はこの瓦斯には害せられぬが、硫黄を燃やして亜硫酸を発生せしめる際硫酸の瓦斯も伴って出るからこれが少々損害を及ぼす。肉類、果物、蔬菜の類もまた多少の損害を免れぬという。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十三日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
十八
優しい返答
シカゴ市のある青年紳士が一日電話をかけようとしたが、どういう都合であったか接続が大変手間が取れるので紳士は癇癪《かんしゃく》を起して交換手を怒鳴りつけた。その相手の交換手はイリノイ州出の女であったが、非常に優しい声で可憐な返答をしたその声が妙に紳士の心を動かし、それが縁となってとうとう目出度く結婚する事となった。これは嘘のような話だが事実である。
長さ一マイルの手紙
米国のある水兵が電信用の紐紙《ひもがみ》に細々《こまごま》と書いた手紙をその友に送った。その長さ一マイル余でこれを書き上げるのに二週間かかったという。おそらく開闢《かいびゃく》以来の長い手紙であろう。こんな手紙を貰うた人こそ災難だったろう。
[#地から1字上げ](明治四十年十月十四日『東京朝日新聞』)
[#改ページ]
十九
植物の生長
ロンドンの王立植物園で植物の生長に有効あるいは必要な諸種の条件について調査した結果の報告書によれば、第一に強烈な弧灯《アークとう》より出ずる紫外光線、第二には根より幹に不断に通う電気、第三には華氏七十ないし八十度において適当の湿度と炭酸瓦斯の供給、第四には理想的の窒素肥料、第五には根に充分なる水の供給、この五つの条件が揃えば植物は理想的に成長するとの事である。そして面白い事にはこれらの条件はただ石炭さえあればほとんどすべて充たされる。すなわち石炭を燃やして発電機も動かされる。熱も炭酸も湿気も出来る。窒素肥料の硫酸アンモニアもまた石炭から採ることが出来るという
前へ
次へ
全18ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング