検波器を使ってそして耳にあてる受話器を使えばそんなことはないそうである。しかし頭へ金属の鉢巻《はちまき》をしてまでも聞きたいと思うものはめったにないようである。
 夏休みのある日M君と二人で下高井戸《しもたかいど》のY園という所へ行って半日をはなはだしくのんきに遊んで夕飯を食った。ちょうど他には一人も客がなくて無月の暗夜はこの上もなく閑寂であった。飯がすんでそろそろ帰ろうかと思っていると、突然階下でJOAKが始まった。こんな郊外までJOAKが追い駆けて来ようとは思わなかったのであった。その晩はちょうどトリオでチャイコフスキーの秋の歌などもあった。周囲が静かであるためか、それとも器械がいいのか、こちらの頭がどうかしていたのか、そのトリオだけはちょっとおもしろく聞かれたので、階段の上に腰かけておしまいまで聞いた。このぶんならラディオもそれほど恐ろしいものではないと思った。
 その後ある休日の午後、第Xシンフォニーの放送があったとき、銀座のある喫茶店《きっさてん》へはいってみた。やはりだめであった。すべての楽器はただ一色の雑音の塊《かたまり》になって、表を走る電車の響きと対抗しているばかりで
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