ているか自分にはわからないので同行者に聞いてみると「JOAK、こちらは東京放送局であります」と言ったのだそうである。それから長唄《ながうた》か何からしいものが始まって、ガーガーいう歌の声とビンビン響く三味線の音で、すっかりわれわれの談話は擾乱《じょうらん》されてしまった。
それから後も時々いろいろな場所でこのJOAKに襲われた。慣れて来ると、なるほどJOAKと聞こえる。ジェーエ、オーオ、エーエ、ケーエイッと妙に押しつけて、そして無理に西洋人らしくこしらえた声でどなるのがどういうものかあまりいい心持ちがしない。この四つのアルファベットの組み合わせ自身に何かしら不快な暗示を含んでいるのか、それともいちばん初めに聞かされた音の不快な印象が、この音を聞くたびに新しく呼び返されるのかもしれない。
オーケストラも聞いたが、楽器の音色というものが少しも現わされない、木管でも金属管でも弦でもみんな一様な蛙《かえる》の声のようなものになって、騒々しくて聞いていられない。
このほうの玄人《くろうと》に聞いてみると、飲食店や店頭にある拡声器が不完全なためにそういう事になるので、よく調節された器械で鉱石
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