のを止められているので自然に内側へ向かって行くせいだと言われる。
現代の一般の人について考えてみるとこの三上には多少の変更を要する。まず「枕上《ちんじょう》」であるが、毎日の仕事に追われた上に、夜なべ仕事でくたびれて、やっと床につく多くの人には枕上は眠る事が第一義である。それで眠られないという場合は病気なのだからろくな考えは出ないのが普通である。
「厠上《しじょう》」のほうは人によると現在でも適用するかもしれない。自分の知っている人の内でも、たぶんそうらしいと思われるほどの長時間をこの境地に安住している人はある。しかし寝坊をして出勤時間に遅れないように急いで用を足す習慣のものには、これもまた瞑想《めいそう》に適した環境ではない。
残る一つの「鞍上《あんじょう》」はちょっとわれわれに縁が遠い。これに代わるべき人力《じんりき》や自動車も少なくも東京市中ではあまり落ち着いた気分を養うには適しないようである。自用車のある場合はあるいはどうかもしれないが、それのない者にとっては残る一つの問題は電車の「車上」である。
電車の中では普通の意味での閑寂は味わわれない。しかしそのかわりに極度の混雑
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