路傍の草
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)「三上《さんじょう》」という言葉がある。

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(例)[#地から3字上げ](大正十四年十一月、中央公論)
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     一 車上

「三上《さんじょう》」という言葉がある。枕上《ちんじょう》鞍上《あんじょう》厠上《しじょう》合わせて三上の意だという。「いい考えを発酵させるに適した三つの環境」を対立させたものとも解釈される。なかなかうまい事を言ったものだと思う。しかしこれは昔のシナ人かよほど暇人でないと、現代では言葉どおりには適用し難い。
 三上の三上たるゆえんを考えてみる。まずこの三つの境地はいずれも肉体的には不自由な拘束された余儀ない境地である事に気がつく。この三上に在《あ》る間はわれわれは他の仕事をしたくてもできない。しかしまた一方から見ると非常に自由な解放されたありがたい境地である。なんとならばこれらの場合にわれわれは外からいろいろの用事を持ちかけられる心配から免れている。肉体が束縛されているかわりに精神が解放されている。頭脳の働きが外方へ向く
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