でも手をつけずにおくべきものでもない。たとえわれわれの微力ではこの虎穴の入り口でたおれてしまうとしたところでやむを得ないであろう。
創作心理の上から見てすぐに問題になるのは、連想作用のことである。連句制作の機構の第一要素が連想であることは言うまでもない。しかしこの連想による甲乙二つの対象は決して簡単な論理的または事件的の連絡をもっているものではなくて、たとえば前条に述べた夢の中の二つの物のつながりのように複雑不可思議な糸によってつながっているのである。夢の中ではたとえば蝋燭《ろうそく》やあるいはまたじめじめした地下の坑道が性的の象徴となる場合がある。またこれに相当する例は芭蕉初期時代の連句には往々ある。また重いものをかついで山道を登る夢が情婦とのめんどうな交渉の影像として現われることもある。古来の連句の中でもそういう不思議な場合の例を捜せばおそらくいくらでも見つかるであろうという事は、自分自身の貧弱な体験からも想像されることである。
「灰汁桶《あくおけ》のしずくやみけりきりぎりす」「あぶらかすりて宵寝《よいね》する秋」という一連がある。これに関する評釈はおそらく今までに言い尽くされ書
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