計的質的現象の周到なる実験的研究と、それの結果の質的整理から量的決算への道程の中に拾い出されはしないであろうか。
 要するに、従来のいわゆる統計物理学は物理学の一方の庇《ひさし》を借りた寄生物であったのであるが、今ではこの店子《たなこ》に主家《おもや》を明け渡す時節が到来しつつあるのではないか。ほんとうの新統計的物理学はこれから始まるべきではないか。これはもちろん筆者のはなはだ気違いじみた空想であるかもしれないが、ともかくも多くの人の少なくも一応は考慮してもよい事ではないかと思うのである。
 最後についでながら私が近ごろ出会ったおもしろい経験をここにしるしておこう。それはある会合の席でプランクトンの調査に関する講演を聞いた時、「今回のわれわれの調査はまだ単に量的であって質的の点までは進んでいない」という言葉を聞いて愕然《がくぜん》として驚いたのであった。物理学者にはいつでも最初が質的で次に量的が来るのに、ここではそれが正反対なのである。しかしあとでよく考えてみると、物理でもやはりプランクトンと同様なものを、水産学におけると同様に取り扱っていることは少しも珍しくない。つい近くまでわれわれ
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