が自分ら二人にいろんな話をしかける。言語がよくわからないと見てとってむやみにゆっくり一語一語を区切って話す老人もあったがそのためにかえってなんの事だかわからなくなるのであった。ヤパンでは男女混浴だというがほんとうかなどと聞いたりした。このいやな老人はまもなく下車する。取って代わって派手な制服を着た男が日本に対するお世辞のような事をいうから、こっちも答礼としてドイツの科学のすぐれている点をあげてやった。服装で軍人かと思ったらフルダの市吏員であった。おりる時に握手して、機会があったら遊びに来いなどと言った。やっと二人きりになったのでそのまま横になって一寝入りする。四時ごろ一人はいって来た客が、自分らが起き上がろうとするのを、ビッテビッテと言って押しとどめて腰掛けのすみのほうへ小さくなって腰かけていた。
五月六日
 目がさめると、もう夜が明けはなれていた。自分ら二人の疲れた眠り足らない目の前に、最初のドイツの朝が目さめていた。ゆるやかに波を打つ地面には麦畑らしい斑点《はんてん》や縞《しま》が見え、低い松林が見え、ポプラの並み木が見え、そして小高い丘の頂上には風車小屋があって、その大きな羽根が
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