ような無気味な肌《はだ》をさらしてうねっていた。
富豪の邸宅の跡には美しい壁画が立派に保存されていた。それには狩猟や魚族を主題としたものもあった。大きな浴場の跡もあった。たぶん温度を保つためであろう、壁が二重になっていた。脱衣棚《だついだな》が日本の洗湯《せんとう》のそれと似ているのもおもしろかった。風呂《ふろ》にはいっては長椅子《ながいす》に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけって、そしてうとうとと昼寝《シエスタ》をむさぼっていた肉欲的な昔の人の生活を思い浮かべないわけにはゆかなかった。
劇場《テアトロ》の中のまるい広場には、緑の草の毛氈《もうせん》の中に真紅の虞美人草《ぐびじんそう》が咲き乱れて、かよわい花弁がわずかな風にふるえていた。よく見ると鳥頭《とりかぶと》の紫の花もぽつぽつ交じって咲いていた。この死滅した昔の栄華と歓楽の殿堂の跡にこんなかよわいものが生き残っていた、石や煉瓦《れんが》はぽろぽろになっているのに。
酒屋の店の跡も保存されてあった。パン屋の竈《かまど》の跡や、粉をこねた臼《うす》のようなものもころがっていた。娼家《しょうか》の入り口の軒には大きな石の
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