ょばたけ》の中の大道を走って行った。ところどころに孤立したイタリア松と白く輝く家屋の壁とは強い特徴のある取り合わせであった。
 ホテル・ドゥ・ヴェシューヴと看板をかけた旗亭《きてい》が見える。もうそこがポンペイの入り口である。入場料を払って関門を入ると、そこは二千余年前の文化の化石で、見渡す限りただ灰白色をした低い建物の死骸《しがい》である。この荒涼な墓場の背景には、美しい円錐火山《えんすいかざん》が、優雅な曲線を空に画してそびえていた。空に切れ切れな綿雲の影が扇のように遠く広がったすそ野に青い影を動かしていた。過去のいろいろの年代にあふれ出した熔岩の流れの跡がそれぞれ違った色彩によって見分ける事ができるのであった。しかし火山は昔の大虐殺などは夢にも知らないような平和な姿をして、頂上にただあるかなしの白い煙を漂わせているだけであった。
 狭い町は石畳になって、それに車の轍《わだち》が深い溝《みぞ》をなして刻みつけられてあった。車道が人道に接する所には、水道の鉛管がはみ出していた。それが青白くされ※[#「金+嘯のつくり」、第3水準1−93−39]《さ》びて、あがった鰻《うなぎ》を思わせる
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