異様であったろうと思うわれわれ一組の観客の前を、美しくよごれた南欧の町の光景がただあわただしく走り過ぎて行った。
停車場へ着いてポンペイ行きに乗る。客車の横腹に Fumatori と大きく書いてあるのを、行く先の駅名かと思ったら、それは喫煙車という事であった。客車の中は存外不潔であった。汽車は江に沿うてヴェスヴィオのふもとを走って行った、ふもとから見上げると海上から見たほど高くは見えなかった。熔岩《ようがん》が海中へ流れ込んだ跡も通って行った。シャボテンやみかんのような木も見られた。粗末な泥土塗《どろつちぬ》りの田舎家《いなかや》もイタリアと思えばおもしろかった。古風な木造の歯車のついた粉ひき車がそのような家の庭にころがっているのも珍しかった。青い海のかなたにソレントがかすんで、絵のような小船が帆をたたんで岸に群れているのも、みんなそれがイタリアであった。……トルレ・デル・アヌンチアタで汽車をおりた。アンデルセンの『即興詩人』を読んだ時に頭に刻まれていたいろいろの場面が、この駅の名の響きに応じて強く新しくよみがえって来るのであった。
馬車が古い昔の町を通り抜けると馬鈴薯畑《ばれいし
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