れてナポリの町をめぐり歩いた。
とある寺院へはいって見た。古びたモザイックや壁画はどうしても今の世のものではなかった。金光|燦爛《さんらん》たる祭壇の蝋燭《ろうそく》の灯《ひ》も数世紀前の光であった。壁に沿うて交番小屋のようなものがいくつかあった、その中に隠れた僧侶《そうりょ》が、格子越《こうしご》しに訴える信者の懺悔《ざんげ》を聞いていた。それはおもに若い女であった。ここでも罪を犯したもののほうが善人で、高徳な僧侶のほうが悪人であった。なんとなくこういう僧侶に対する反感のこみ上げて来るのをどうする事もできなかった。尼僧の面会窓がある。さながら牢屋《ろうや》を思わせるような厳重な鉄の格子には、剛《かた》く冷たくとがった釘《くぎ》が植えてあった。この格子の内は、どうしても中世紀の世界であるような気がした。
ここを出て馬車は狭い勾配《こうばい》の急な坂町の石道をガタガタ揺れながら駆けて行った。ハース氏はベデカを片手に一人でよく話していたが大尉夫妻はドイツ軍人の威厳を保っているかのように多くは黙っていた。T氏と自分もそれぞれの思いにふけっておし黙っていた。その――土地の人の目にはさだめて
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