penis が壁から突き出ていた。大尉夫人だけはここでひとり一行から別れて向こうの辻《つじ》でわれわれを待ち合わせるように取り計らわれた。街路の人道から入り口へ踏み込むとすぐ右側に石のベンチのようなものがいくつか並んでいるだけで、狭い低い暗い部屋《へや》というだけであった。よく見ると天井に近く壁を取り巻いてさまざまの壁画が描かれてあった。何十いくつとかの verschiedene Stellungen を示したものだとハース氏が説明して聞かした。青や朱や黄の顔料の色の美しいあざやかさと、古雅な素朴《そぼく》な筆致とは思いのほかのものであった。そこには少しもある暗い恐ろしさがなかった。
 少し喘息《ぜんそく》やみらしい案内者が No time, Sir ! と追い立てるので、フォーラムの柱の列も陳列館《ミュゼオ》の中も落ち着いて見る暇はなかった。陳列館には二千年前の苦悶《くもん》の姿をそのままにとどめた死骸《しがい》の化石もあったが、それは悲惨の感じを強く動かすにはあまりにほんとうの石になり過ぎているように思われた。それよりはむしろ、半ば黒焦げになった一握りの麦粒のほうがはるかに強く人の
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