砕いて篩《ふるい》で選《よ》り分けている。雨が少し降って来た。柳のある土手へ白堊塗《はくあぬ》りのそり橋がかかってその下に文人画の小船がもやっていた。なんだか落ち着いたいい心持ちになる。……
夜|福州路《ふくしゅうろ》の芝居を見に行った。恐ろしく美々しい衣装を着た役者がおおぜいではげしい立ち回りをやったり、甲高《かんだか》い悲しい声で歌ったりした。囃《はやし》の楽器の音が耳の痛くなるほど騒がしかった。ふたをした茶わんに茶を入れて持って来た。熱湯で湿した顔ふきを持って来た。……少しセンチメンタルになる。
帰りに四馬路《スマロ》という道を歩く。油絵の額を店に並べて、美しく化粧をした童女の並んでいる家がところどころにある。みんな娼楼《しょうろう》だという。芸妓《げいぎ》が輿《こし》に乗って美しい扇を開いて胸にかざしたのが通る。輿をささえる長い棒がじわじわしなっていた。活動写真の看板に「電光彩戯」と書いてある。
四月三日
電車で愚園《ぐえん》に行く。雨に湿った園内は人影まれで静かである。立ち木の枝に鴉《からす》の巣がところどころのっかっている。裏のほうでゴロゴロと板の上を何かころがすよう
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