asser というのは、水おけに浮いているりんごを口でくわえる芸当、Wurst Schnappen は頭上につるした腸詰めへ飛び上がり飛び上がりして食いつく遊戯である。将校が一々号令をかけているのが滑稽《こっけい》の感を少なからず助長するのであった。
 船首の突端へ行って海を見おろしていると深碧《しんぺき》の水の中に桃紅色の海月《くらげ》が群れになって浮遊している。ずっと深い所に時々大きな魚だか蝦《えび》だか不思議な形をした物の影が見えるがなんだとも見定めのつかないうちに消えてしまう。
 右舷《うげん》に見える赤裸の連山はシナイに相違ない、左舷にはいくつともなくさまざまの島を見て通る。夕方には左にアフリカの連山が見えた。真に鋸《のこぎり》の歯のようにとがり立った輪郭は恐ろしくも美しい。夕ばえの空は橙色《だいだいいろ》から緑に、山々の峰は紫から朱にぼかされて、この世とは思われない崇厳な美しさである。紅海《こうかい》は大陸の裂罅《れっか》だとしいて思ってみても、眼前の大自然の美しさは増しても減りはしなかった。しかしそう思って連山をながめた時に「地球の大きさ」というものがおぼろげながら実認《
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