正九年十月、渋柿)

     六 紅海から運河へ

四月二十七日
 午前|右舷《うげん》に双生《ツウイン》の島を見た。一方のには燈台がある。ちょうど盆を伏せたような格好で全体が黄色い。地図で見ると兄弟島《デイブルーデル》というのらしい、どちらが兄だかわからなかった。
 アデンを出てから空には一点の雲も見ないが、空気がなんとなく濁っている。ハース氏の船室は後甲板の上にあるが、そこでは黒の帽子を一日おくと白く塵《ちり》が積もると言っていた。どうもアフリカの内地から来る非常に細かい砂塵《さじん》らしい。
 午後乗り組みの帰休兵が運動競技をやった。綱引きやら闘鶏《ハーネンカンプ》――これは二人が帆桁《ほげた》の上へ向かい合いにまたがって、枕《まくら》でなぐり合って落としっくらをするのである。それから Geld Suchen im Mehl というのは、洗面鉢《せんめんばち》へ盛ったメリケン粉の中へ顔を突っ込んで中へ隠してある銀貨を口で捜して取り出すのである。やっと捜し出してまっ白になった顔をあげて、口にたまった粉を吐き出しているところはたしかに奇観である。Aepfel Suchen im W
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