った。船の上でも下でも雪白の服を着た人の群れがまっ白なハンケチをふりかわした。
[#地から3字上げ](大正九年八月、渋柿)

     四 ペナンとコロンボ

四月十三日
 ……馬車を雇うて植物園へ行く途中で寺院のような所へはいって見た。祭壇の前には鉄の孔雀《くじゃく》がある。参詣者《さんけいしゃ》はその背中に突き出た瘤《こぶ》のようなものの上で椰子《やし》の殻《から》を割って、その白い粉を額へ塗るのだそうな。どういう意味でそうするのか聞いてもよくわからなかった。まっ黒な鉄の鳥の背中は油を浴びたように光っていた。壇に向かった回廊の二階に大きな張りぬきの異形な人形があって、土人の子供がそれをかぶって踊って見せた。堂のすみにしゃがんでいる年とった土人に、「ここに祭ってあるゴッドの名はなんというか」と聞いたら上目に自分の顔をにらむようにしてただ一言「スプロマニーン」と答えた――ようであった。しかしこれは自分の問いに答えたのか、別の事を言ったのだかよくわからなかった。ただこの尻上《しりあ》がりに発音した奇妙な言葉が強く耳の底に刻みつけられた。こんな些細《ささい》な事でも自分の異国的情調を高める
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