に充分であった。
立派なシナ商人の邸宅が土人の茅屋《ぼうおく》と対照して何事かを思わせる。
椰子《やし》の林に野羊が遊んでいる所もあった。笹《ささ》の垣根《かきね》が至るところにあって故国を思わせる。道路はシンガポールの紅殻色《べんがらいろ》と違ってまっ白な花崗砂《かこうしゃ》である。
植物園には柏《かしわ》のような大木があったり、いったいにどこやら日本の大庭園に似ていた。
夜船へ帰って、甲板でリモナーデを飲みながら桟橋《さんばし》を見ていると、そこに立っているアーク燈が妙なチラチラした青い光と煙を出している。それが急にパッと消えると同時に外のアーク燈も皆一度に消えてまっ暗になった。船の陰に横付けになって、清水を積んだ小船が三|艘《そう》、ポンプで本船へくみ込んでいた。その小船に小さな小さなねこ――ねずみぐらいなねこが一匹いた。海面には赤く光るくらげが二つ三つ浮いていた。
ハース氏夫妻と話していると近くの時計台の鐘がおもしろいメロディーを打つ。あれはロンドンの議事堂の時計を模しているのだとハース氏がいう。西欧の寺院の鐘声というものに関するあらゆる連想が雑然と頭の中に群がって来
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