イオリンを鳴らしている。菓汁《かじゅう》の飲料を売る水屋の小僧もあき罐《かん》をたたいて踊りながら客を呼ぶ。
船へ帰るとやっぱり宅《うち》へ帰ったような気がする。夕飯には小羊の乗った復活祭のお菓子が出る。夜は荷積みで騒がしい。
四月十二日
朝から汗が流れる。桟橋《さんばし》にはいろいろの物売りが出ている。籐《とう》のステッキ、更紗《さらさ》、貝がら、貝細工、菊形の珊瑚礁《さんごしょう》、鸚鵡《おうむ》貝など。
出帆が近くなると甲板は乗客と見送りでいっぱいになった。けさ乗り込んだ二等客の子供だけが四十二人あるとハース氏が言う。神戸《こうべ》で乗った時は全体で九人であったのに。
マライ人がカノーのようなものに乗って、わが船のそばへ群がって来て口々にわめく。乗客が銭を投げると争ってもぐって拾い上げる。I say ! Herr Meister ! Far away, far away ! One dollar, all dive ! などと言っているらしい。自分はどうしても銭をなげる気になれなかった。
船が出る時|桟橋《さんばし》に立った見送りの一組が「オールド・ラング・サイン」を歌
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