の骨でも打つらしい単調な響きが静かな家じゅうにひびいて、それがまた一種の眠けをさそう。中二階のほうで、つまびきの三弦の音がして「夜の雨もしや来るかと」とつやのある低い声でうたう。それもじきやんで五月雨《さみだれ》の軒の玉水が亜鉛のとゆにむせんでいる。骨を打つ音は思い出したように台所にひびく。
昼から俊ちゃんなどと、じき隣の新宅《しんたく》へ遊びに行った。内の人は皆ねえさんのほうへ手伝いに行っているので、ただ中気《ちゅうき》で手足のきかぬ祖父《おじい》さんと雇いばあさんがいるばかり、いつもはにぎやかな家もひっそりして、床の間の金太郎や鐘馗《しょうき》もさびしげに見えた。十六むさし、将棋の駒の当てっこなどしてみたが気が乗らぬ。縁側に出て見ると小庭を囲う低い土塀《どべい》を越して一面の青田が見える。雨は煙のようで、遠くもない八幡《はちまん》の森や衣笠山《きぬがさやま》もぼんやりにじんだ墨絵の中に、薄く萌黄《もえぎ》をぼかした稲田には、草取る人の簑笠《みのかさ》が黄色い点を打っている。ゆるい調子の、眠そうな草取り歌が聞こえる。歌の言葉は聞き取れぬが、単調な悲しげな節で消え入るように長く引いて
前へ
次へ
全12ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング