とした中庭にいっぱいになっていて、門の小川の水が表から床下をくぐってこの池へ通い裏田んぼへぬけるようにしてある。大きな鯉、緋鯉《ひごい》がたくさん飼ってあって、このごろの五月雨《さみだれ》に増した濁り水に、おとなしく泳いでいると思うとおりおりすさまじい音を立ててはね上がる。池のまわりは岩組みになって、やせた巻柏《まきがしわ》、椶櫚竹《しゅろちく》などが少しあるばかり、そしてすみの平たい岩の上に大きな竜舌蘭《りゅうぜつらん》の鉢が乗っている。ねえさんがこの家へ輿入《こしい》れになった時、始めてこの鉢《はち》を見て珍しい草だと思ったが、今でも故郷の姉を思うたびにはきっとこの池の竜舌蘭を思い出す。今思い出したのはこの鉢であった。
 池を隔てて池《いけ》の間《ま》と名のついたこの小座敷の向かい側は、台所に続く物置きの板蔀《いたじとみ》の、その上がちょっとしゃれた中二階になっている。
 あのころの田舎《いなか》の初節句の祝宴はたいてい二日続いたもので、親類縁者はもちろん、平素はあまり往来せぬ遠縁のいとこ、はとこまで、中にはずいぶん遠くからはるばる泊まりがけで出て来る。それから近村の小作人、出入りの職人まで寄り集まって盛んな祝いであった。近親の婦人が総出で杯盤の世話をし、酌《しゃく》をする。その上、町から芸者を迎えて興を添えさせるのが例なので、この時も二人来ていた。これも祝いのあるうちは泊まっているので、池の向こうの中二階はこの芸者の化粧部屋《けしょうべや》にも休憩所にもまた寝室にもなっていた。
 夕方近くから夜中過ぎるまで、家じゅうただ目のまわるほど忙しく騒がしい。台所では皿鉢《さらばち》のふれ合う音、庖丁《ほうちょう》の音、料理人や下女らの無作法な話し声などで一通り騒がしい上に、ねこ、犬、それから雨に降り込められて土間へ集まっている鶏までがいっそうのにぎやかさを添える。奥の間、表座敷、玄間とも言わず、いっぱいの人で、それが一人一人にお辞儀をしてはむつかしい挨拶《あいさつ》を交換している。
 その混雑の間をくぐり、お辞儀の頭の上を踏み越さぬばかりに杯盤|酒肴《しゅこう》を座敷へはこぶ往来も見るからに忙しい。子供らは仲間がおおぜいできたうれしさで威勢よく駆け回る。いったい自分はそのころから陰気な性《たち》で、こんな騒ぎがおもしろくないから、いつものように宵《よい》のうちいいかげ
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