北氷洋の氷の割れる音
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)満州《まんしゅう》問題

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|艘《そう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和八年一月、鉄塔)
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 一九三二年の夏の間に、シベリアの北の氷海を一|艘《そう》のあまり大きくない汽船が一隊の科学者の探険隊を載せて、時々行く手をふさぐ氷盤を押し割りながら東へ東へと航海していた。しかしその氷の割れる音は科学を尊重するはずの日本へ少しも聞こえなかった。満州《まんしゅう》問題、五・一五事件、バラバラ・ミステリーなどの騒然たる雑音はわれわれの耳を聾《ろう》していたのである。ところが十一月になってスクリューを失った一艘の薄ぎたない船が漁船に引かれて横浜《よこはま》へ入港した。船の名はシビリアコフ号、これがソビエト政府の北氷洋学術研究所所属の科学者数名を載せて北氷洋をひと夏に乗り切ったものであるということが新聞で報ぜられた。それでもわれわれはまだかの有名なバラバラ事件の解決以上の興味を刺激されることもな
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