話をしたりした。又或る先生の処では正月前後にカルタ会を開き、新婚の夫人も交つて賑やかに夜を更かし、寒月の映る河岸を「鞭声粛々」で帰つて行つたりした。
 併し、大学出でもなく、スポーツもやらず、さうして鋭くて愛想気のない蓑田先生の宿を訪問する先徒は少かつたやうに見える。其の少数の訪問者のうちに、今此の思出を書いて居る筆者の私の前身であるところの十八歳の少年も交つて居た。
 宿屋の二階の先生の居室は他の多くの先生の室よりも一体に綺麗で明るく色彩に富んで居た。見た事もないやうな立派なトランクにべた/\色々のホテルの札を貼つたのも珍らしかつた。コスモポリタンとかレビュー・オヴ・レビュースとかさういふ雑誌を見せられて世界の出来事を話され、又パリのサロンの写真帳をひろげて、アムプレショニズムやポアンティリズムの講釈を聞かされた。此等の話は凡て当時の自分に取つては全く耳新しく眼新しいものばかりであつた。さうして自分の将来に見るべく聞くべき広い世界への憧憬の焔を燃え立たさせるのであつた。
 襖の紙の上に一枚の小さな油画が額縁もなしに画布のまゝピンで止めてあつた。それは黒田清輝画伯の描いた簡単な風景のス
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