方《こちら》に注意していた。看護婦も一人来て頭の方に黙って控えていた。田丸先生が時々はいって来て黙って様子を見て行かれた。先生の顔が非常にやさしくなつかしく思われた。藤沢先生もソッと這入って来られたから挨拶しようとするのを手で押える真似をして脚元の椅子に腰をかけておられた。
床の上に寝て仰ぎ見るすべての人の顔が非常に高い所にあるように思われた。そしてすべての人の好意と同情が自身の上に注がれるような気がした。落寞《らくばく》たる冷たいこの部屋の中が温かい住心地のよい所に思われた。K君も時々覗きに来たがこの人の堅い顔が少し赤味を帯びてたいそう柔らかにあるいはむしろ愉快そうにも見えた。室の入口の外の廊下には色々の人声がしていた、長岡先生のいつものような元気のいい改まった言葉も聞えた、真鍋さんが何か云うと佐野さんの愉快そうに笑う声も聞えた。金子さんも時々見に来てくれて親切に世話をやいてくれた。三浦内科に空室があるので午後三時頃入院するというので志んは準備に帰宅した。まちが代りに来て枕元に控えていた。
柔らかい毛布にくるまって上には志んの持って来た着物をかけられ、脚部には湯婆《ゆたんぽ》が温
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