ロビールの活動照明、ビール罎の中から光の噴泉が花火のように迸《ほとば》しる。
 靴が見えない。玄関の隅々をのぞき廻る。「××さん、靴はあちらですよ」。白い制服を脱いだ看護婦達はやはり女性である。
 またある日。
 廊下の突当りの流し。タップをひねれば、いつでも湯が出る。一つコックの工合の悪いのがあって、それから湯が不断に流出している。もったいない、と知らぬおばさんが云う。暖かい湯気が立上がる。しおれた白百合やカーネーションが流しの隅に捨ててある。百合の匂。カーネーションの匂。洗濯する人。お化粧する人。
 小使が流しの上へ上がって、長い棒を押し立てて、何かゴボゴボ音を立てている。棒の先にゴムの椀のようなものが取付けてある。この椀を流し口の穴の上に俯向《うつむ》きに当てて、押したり放したり押したりまた放したりする。流し口の穴のつまったのをこうして疎通させる工夫と見える。流しの鉛管をつまらせる事は日本人の特長であるらしい。
 看護婦が手押車に手術器械薬品をのせたのを押して行く。西日が窓越しに看護婦の白衣と車の上のニッケルに直射する。見る目が痛い。手術される人はそれがなお痛いことであろう。
 
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