い。実際こういうような考えはある意味において甚だ危険である。往々考えが形而上的に走り、罷《まか》り違えば誇大妄想狂となんら選む所のないような夢幻的の思索に陥って、いつの間にか科学の領域を逸する虞がある。この意味の危険を避けるために、どこまでも科学の立脚地たる経験的事実を見失わぬようにしなければならない。論理の糸を手繰《たぐ》って闇黒な想像の迷路を彷徨《ほうこう》しているうちにどこかで新しい出口を見付け、そこで事実の日光にまともに出くわすまでは何事も主張する権利はない事を心得ていなければならない。しかし懐疑と想像とは科学の進歩に必要な衝動刺戟である。疑い且《か》つ想像をめぐらす前に、先ず現在の知識の限界を窮《きわ》めなければならぬ事は勿論である。現在科学の極限を見極めずして徒《いたず》らに奇説を弄《ろう》するは白昼|提灯《ちょうちん》を照らして街頭に叱呼する盲者の亜類である。方則を疑う前には先ずこれを熟知し適用の限界を窮めなければならぬ。その上で疑う事は止むを得ない。疑って活路を求めるには想像の翼を鼓するの外はないのであろう。
現在の科学の基礎方則を疑うのは危険であっても、社会主義が国
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