アの戦術を研究すれば何かしらきっと今度の戦争に役に立つような、参考になるようなうまい考えの掘出しものが見付かるだろう、というのであった。それで大勢のギリシア学者が寄合い討論をして翻訳をした、その結果が「ロイブ古典叢書」の一冊として出版され我邦《わがくに》にも輸入されている。その巻頭に訳載されている「兵法家アイネアス」を冬の夜長の催眠剤のつもりで読んでみた。読んでいるうちに実に意外にも今を去る二千数百年前のギリシア人が実に巧妙な方法でしかも電波によって遠距離通信《テレグラフィー》を実行していたという驚くべき記録に逢ってすっかり眠気をさまされてしまったのである。尤《もっと》も電波とは云ってもそれは今のラジオのような波長の長い電波ではなくて、ずっと波長の短い光波を使った烽火《のろし》の一種であるからそれだけならばあえて珍しくない、と云えば云われるかもしれないが、しかしその通信の方法は全く掛け値なしに巧妙なものといわなければならない。その方法というのは次のようなものである。
 先ず同じ形で同じ寸法の壺のような土器を二つ揃える。次にこの器の口よりもずっと小さい木栓を一つずつ作ってその真中におのお
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