しようによっては「いつも半分風邪を引いているように」という風に受取れるかもしれない。生まれてから七、八十歳で死ぬまで一度も風邪を引かないような人があったら、はたが迷惑かもしれない。クリストに云わせても、それほどに健康ではち切れそうだと、狭い天国の門を潜るにも都合が悪いであろう。
 あえて半分風邪を引くことを人にすすめるのではない。弱いものの負惜しみの中にも半面の真があるというだけの話である。
 星の世界の住民が大砲弾に乗込んで地球に進入し、ロンドン附近で散々に暴れ廻り、今にも地球が焦土となるかと思っていると、どうしたことか急にぱったりと活動を停止する。変だと思ってよく調べてみると、星の世界には悪い黴菌がいないために黴菌に対する抗毒素を持合わせない彼《か》の星の住民は、地球上の数々の黴菌に会って一たまりもなく全滅した。こういう架空小説を書いた人がある。
 あまり理想的に完全なマスクをかけて歩いているとついマスクを取った瞬間にこの星の国の住民のような目に会いはしないか。そんなことを考えると、うっかりマスクを人にすすめることも出来ない。それかと云ってマスクをやめろと人に強《し》いる勇気もない
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