て、現在の第一線の問題に取って代わるかもしれない。現在世界じゅうの学者が争って研究しているような問題が、やがて行き詰まりになるであろうということは当然の事でもあり、また過去の歴史がことごとくこれを証明しているように思われる。そういう場合に、突然にどこからか現われて来て新生面を打開するような対象が、往々それまではほとんど物理学の圏外か、少なくも辺鄙《へんぴ》な片すみにあって存在を忘れられていたような場合であることもあえて珍しくはないのである。たとえば昔ある僧侶《そうりょ》の学者が顕微鏡下で花粉をのぞいている間に注意して研究した微粒子の運動が、後日物質素量説の実証的根拠として一時盛んに研究されるようになった。またスイスの山間の中学校の先生が粗末な験電器の漏電を測っていたことが、少なくも間接には近代電子的物質観への導火線となり、放射性物質の発見にも一つの衝動を与えたような形になった。現在先端的な問題の一つと考えらるる宇宙線の研究でも、実はこの昔の粗末な実験の後裔《こうえい》であるとも見られなくはないのである。また昔レーリー卿《きょう》が紅茶茶わんをガラス板の上ですべらせてみて、ガラスのよごれ
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