々な抽象的概念を構成しそれを道具立てとして科学を組み立てて行くものである。この道具になる概念は必ずしも先験的な必然的なものでなくてもよい。以上のごとく科学を組み立て、知識の整理をするに最も便利なものを選べばよいのである。その便不便は人間の便不便である、すなわち思考の節約という事が選択の標準になるのである。
 選択という言語は多くは眼前に種々の可能が排列されている時に用いられるものである。実際科学上の概念にそのような選択の余地があるであろうか、これは大切な問題である。自分は現在の物理学の概念をことごとく改造して従来よりもいっそう思考の経済上有利な体系ができうるかどうか到底想像する事はできないが、しかし少なくも物理学の従来の歴史から見て、斯学《しがく》の発展と共に種々の概念が改造されあるいは新たに構成されまた改造されて来た事は事実である。光や音の観念の変化は前にも述べたとおりである。温度の観念でも昔の触感によった時代から特殊物質の膨脹によった時代を経て今日の熱力学的の絶対温度に到着するまでの径路を通覧すれば、ある時代に夢想だもできぬような考えが将来に起こりうる事は明らかである。もっと新しい
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