して小わきにかかえ、そうして「トーン、トーオン、トンガ※[#小書き片仮名ラ、1−6−90]シノコー(休)、ヒリヒリカラィノガ、サンショノコー(休)、ゴマノコケシノコ、ショウガノコー(休)、トーントーントンガ※[#小書き片仮名ラ、1−6−90]シノコ」と四拍子の簡単な旋律を少しぼやけた中空なバリトンで歌い歩くのがいた。その大きなまっかな張り抜きの唐辛子《とうがらし》の横腹のふたをあけると中に七味《しちみ》唐辛子の倉庫があったのである。この異風な物売りはあるいは明治以後の産物であったかもしれない。
「お銀《ぎん》が作った大ももは」と呼び歩く楊梅《やまもも》売りのことは、前に書いたことがあるから略する。
しじみ売りは「スズメガイホー」と呼び歩いた。牡蠣《かき》売りは昔は「カキャゴー」と言ったものらしい、というのは自分らの子供時代におとなからしばしば聞かされたたぬきの怪談のさまざまの中に、この動物が夜中に牡蠣売りに化けて「カキャゴーカキャゴー」と呼び歩くというのがあって、われわれはよく夜道を歩きながらそのたぬきのまねをするつもりで「カキャゴー」「カキャゴー」と叫び歩き、そうして自分で自分の声
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