な漆塗りの箱に入れたのを肩にかけて、「カエチョウ、カエチョウ」と呼び歩くのは、多くは男の子で、そうして大概きまって尻《しり》の切れた冷飯草履《ひやめしぞうり》をはいていたような気がする。それが持って来る菓子の中に「イガモチ」というのがあった。道明寺《どうみょうじ》の餡入《あんい》り餅《もち》であったがその外側に糯米《もちごめ》のふかした粒がぽつぽつと並べて植え付けてあった。ちょうど栗《くり》のいがのようだと言うので「いが餅」と名づけたものらしい。「カエチョウ」の意味は自分にはわからない。このはかない行商の一人に頭蓋骨《ずがいこつ》の異常に大きな福助のような子がいた。だれかが試みに一銭銅貨と天保銭《てんぽうせん》を出して、どちらでもいいほうを取れと言ったらはっきりと天保銭を選んだといううわさがあった。また、その生きている頭蓋骨をとっくにどこかの病院に百円とかで売ってあるのだという話もあった。
 七味唐辛子《しちみとうがらし》を売り歩く男で、頭には高くとがった円錐形《えんすいけい》の帽子をかぶり、身にはまっかな唐人服をまとい、そうしてほとんど等身大の唐辛子の形をした張り抜きをひもで肩につる
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング