冬の霜夜の辻占《つじうら》売りの声であった。明治三十五年ごろ病気になった妻を国へ帰してひとりで本郷《ほんごう》五丁目の下宿の二階に暮らしていたころ、ほとんど毎夜のように窓の下の路地を通る「花のたより、恋のつじーうら」という妙に澄み切った美しく物さびしい呼び声を聞いた。その声が寒い星空に突き抜けるような気がした。声の主は年の行かない女の子らしかった。それの通る時刻と前後して隣の下宿の門の開く鈴音がして、やがて窓の下から自分を呼びかける同郷の悪友TとMの声がしたものである。悪友と言っても藪蕎麦《やぶそば》へ誘うだけの悪友であった。「あいつ、このごろ弱っているから引っぱり出して元気をつけてやれ」と言って引っぱり出してくれる悪友であったのである。
「あんま上下《かみしも》二百文」という呼び声も古い昔になくなったらしいが、あのキリギリスの声のようにしゃがれた笛の音だけは今でもおりおりは聞かれる。洋服に靴《くつ》をはいた姿で、昔ながらの笛を吹いて近所の路地を流して通るのに出会ったのは、つい数日前のことであった。
 盛夏の朝早く「ええ朝顔やあさがお」と呼び歩くのは去年も聞いた。買ってくれそうな家の付
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