出す人さえも少なくなりなくなって行くのであろう。
納豆屋の「ナットナットー、ナット、七色唐辛子《なないろとうがらし》」という声もこの界隈《かいわい》では近ごろさっぱり聞かれなくなった。そのかわりに台所へのそのそ黙ってはいって来て全く散文的に売りつけることになったようである。
「豆やふきまめー」も振鈴の音ばかりになった。このごろはその鈴の音もめったに聞かれないようである。ひところはやった玄米パン売りの、メガフォーンを通して妙にぼやけた、聞くだけで咽喉《のど》の詰まるような、食欲を吹き飛ばすようなあのバナールな呼び声も、これは幸いにさっぱり聞かなくなってしまった。
つい二三年前までは毎年初夏になるとあの感傷的な苗売りの声を聞いたような気がする。「ナスービノーナエヤーア、キュウリノーナエヤ、トオーガン、トオーナス、トオーモローコシノーナエ」という、長くゆるやかに引き延ばしたアダジオの節回しを聞いていると、眠いようなうら悲しいようなやるせのないような、しかしまた日本の初夏の自然に特有なあらゆる美しさの夢の世界を眼前に浮かばせるような気のするものであった。
これで対照されていいと思うものは
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